夢に向かって飛び立つ

CJVP第45回サロンのご報告

    『魯迅先生と内山書店』
    2026年 5月 30日にオンラインにて日中文化交流講座を行いました。
    今回は内山書店の内山深社長から「魯迅先生と内山書店」についてご講演いただきました。日中文化交流の原点ともいえる内山書店の現社長より直接、魯迅先生と内山書店の多くのエピソードや内山書店が高いレベルでの文化交流サロンであったこと、また現在の内山書店での日中の交流などの貴重なお話が伺えました。

   
1、内山書店について
    本講演は、近代中国文学を代表する文豪の魯迅先生と、上海で日本人が経営した内山書店の交流を軸に、近代日中文化交流史についてご講演頂きました。単なる書店史ではなく、1930年代の上海は日貨排斥運動の激化している政治的緊張が続く時代でした。その中でも、日本人と中国人の民間人同士が文化・出版・人的交流を通じて高いレベルでの相互理解の基盤を形成していたことをお話しいただきました。


    (写真:内山書店所蔵)
   
2、魯迅先生と日本との関わり
    魯迅先生は 1902年に来日し、弘文学院で学び、その後仙台医学専門学校へ進学しました。幻灯事件を契機として「医学より精神改造」と考え、文学活動へ進路転換したとされています。また、日本語経由で西洋文学を中国語へ翻訳したことなどもあり、魯迅先生の中国近代文学形成に与えた影響は大きかったといえます。

    (写真:『『魯迅 1881-1936 影集』(人民文学出版社、2018 年)より)

    (写真:『『魯迅 1881-1936 影集』(人民文学出版社、2018 年)より)
   
3、上海での内山書店の創業
    1917年創業の内山書店は、内山完造・美喜夫妻により創業、当初は小規模な書籍販売から始まりました。内山書店は次第に日本・中国双方の知識人が集う文化サロンへ発展していきました。日貨排斥運動の時代にもかかわらず来訪者が絶えず、書店という空間が政治対立を超える日本と中国の交流基盤となりました。

    (写真:内山書店所蔵)
   
魯迅先生はたびたび内山書店を訪れ、多くの本を買っていかれました。

    (写真:『魯迅 1881-1936 影集』(人民文学出版社、2018年)より)
   
内山書店を交流の場とした文芸漫談会も開催されました。

    (写真:内山書店所蔵)
   
内山書店をサロンとして、当時、日本と中国の文化人は実に多数交流しました。

   
4、もう一つの魯迅と内山氏:中国木刻版画
    内山完造氏の実弟(現内山書店社長内山深氏の祖父)は木版画家でもあったことから、上海で木刻講習会をたびたび開催し、中国での木版画の普及に貢献しました。現社長の内山深氏によれば、中国の美術館関係者との会談の際、嘉吉氏の木版画は中国の木版画の発展の基礎を築いた人として名を残しているとのエピソードも紹介されました。嘉吉氏はのちに東京で中国書籍事業を始め、現在の内山書店に至っています。

    5、日中交流に命をささげた内山夫妻、中国の地に眠る内山美喜氏のお墓(写真:内山深氏ご提供)

    内山完造氏追悼式

    内山完造氏のお墓(写真:内山深氏ご提供)

    魯迅臨終のときには内山完造氏は葬儀委員会の一員に

    6、現在の内山書店と日中アニメ交流(写真:内山深氏ご提供)

    売れている本

    中国での人気アニメ

    ガチ中華、中国鉄道

    店頭での雲南コーヒーや普洱茶等の雑貨販売

    中国研究、日本研究の書籍の数々

    7、最後に
    本講演では内山書店創業者夫妻の人柄や苦労、中国社会との関係形成について具体的な紹介がありました。日中文化事業を継続するには人間関係の信頼形成が不可欠であることを感じました。
    今回の講演を通じて、どんな時代でも民間交流の価値が高まることを再認識できました。内山書店は、今日で言えば知識コミュニティ、文化プラットフォーム、「日中文化交流の聖地」とも言えます。
    最後に、中国と日本のアニメ・出版・翻訳など現代の文化交流も、このような歴史的土台の上に成立していることを基礎に今後も当サロンの活動を継続していきます。
    文責:CJVP理事 宮川曉人